遺伝子組み換え新品種「高リシン・トウモロコシ」をめぐる議論のいいかげんさ
こんな人たちが「食品安全」を担っているの?
遺伝子組み換え新品種「高リシン・トウモロコシ」をめぐる議論のいいかげんさ
遺伝子組み換えトウモロコシは、家畜の飼料用、加工食品用にアメリカなど海外で栽培され、日本に輸入されています。
すでに世界で生産されるトウモロコシの約半分が遺伝子組み換えといわれています。
そんななか、現在、高リシン・トウモロコシが、食品および飼料として一般流通のための安全性評価が「食品安全委員会・
遺伝子組換え食品等専門調査会」で行われています。
高リシン・トウモロコシについての疑問もありますが、この専門調査会にかけることを決定した「食品安全委員会」
の議事録でとんでもない発言をみかけました。
学校給食と食の安全についての、長年の市民運動を否定するような発言です。このような方が、日本の「食品安全」
を担っているかと信じられない思いです。まず、その発言部分を引用し、その後、リシン(リジン)添加パン問題の経緯を整理します。
■食品安全委員会議事録より
以下の引用は、第124回食品安全委員会 平成17年12月15日の議事録の一部です。
「○ 中村委員 このリシンというのはアミノ酸と書いてありますけれども、動物の成長に必須であるリシンというのは、何でしょうか。
そして、この食用というのは人間の方だと思いますけれども、こちらにも家畜と同じような効果があるということですか。
○ 北島新開発食品保健対策室長 はい。同様の作用でございます。
○ 中村委員 人間にどういう効用があるんですか。
○ 北島新開発食品保健対策室長 詳しいことは調べてきておりませんが、必須アミノ酸の1 つでございますので、
欠乏する場合があるということは想定されると思います。
○ 本間委員 動物には外から摂らないとならないアミノ酸が人間の場合には9 種類あります。動物によって多少違いますが、
その中の1つがリシンであります。ですから、それはあえて言えば両方に効くということになります。
○ 寺田委員長 必須アミノ酸だからと言うんですが、特別にリシンが欠乏すると成長を抑えられるとかがあるわけですね。だから先生、
食べた方がいいんですよ。
○ 坂本委員 リシンは必須のアミノ酸であって、成長に関わる。お米はリシンの含有量が少ないので、今、
某会社はリシンだけを強化する作業を開発途上国でやっているというのが現状です。
○ 寺田委員長 よろしいですか。
○ 寺尾委員 大分前の話なんですけれども、給食のパンか何かの中にリシンを添加しようと大問題になったことかありまして、今、
先生がおっしゃったように少しリシンの摂取量が足りないからということで添加しようかと思ったんですけれども、
結局反対が強くてやめになったことがあるんです。
○ 寺田委員長 そのときにどうして反対したんですか。覚えておられますか。
○ 寺尾委員 PTA が。
○ 寺田委員長 先生が反対したわけじゃないですからね。
○ 本間委員 それは1つで取る必要はありませんので、いろんな副食とか合計の組み合わせでリシンを満足すればいいわけです。ですから、
無理なことをしなくてもということです。
○ 寺田委員長 なるほどね。
○ 寺尾委員 そのときの反対の理由は、これは新聞の話ですから、私もはっきりは覚えていないんですけれども、
たしか変なものが入る可能性があるということで、リシンを発酵か何かでつくったんですね。
そのとき何か危ないものが入ってくるから反対だという、PTAか何かが猛烈に反対してやめになったんです。
○ 坂本委員 それでも日本の学校給食はリシンをパンに添加したんです。それに入っていて、
それから子どもの成長が非常によくなって身長が伸びたというのは有名な話なんです。
○ 寺田委員長 それからキレル人が多くなったというのもあるかもわからない。そういうことも含めまして、
そこまでいかないでしょうけれども、専門調査会で議論していただく。
遺伝子組換え食品で生産者側の利益になるものではなくて、消費者側の利益になる可能性のあるものがぼつぼつ出始めたんです。
その効果は別にしましても。
話が横に行って申し訳ございませんでした。以上の3件につきましては、遺伝子組換え食品等専門調査会にて審議させていただきます。
どうもありがとうございました。」
なお、食品安全委員会の委員は、以下の7名です。
委員長 寺田雅昭(元財団法人先端医療振興財団副理事長)
委員長代理 寺尾允男(元財団法人日本公定書協会会長)
小泉直子(元兵庫医科大学教授)
見上彪(元日本大学教授)
坂本元子(和洋女子大学副学長)
中村靖彦(東京農業大学客員教授)
本間清一(東京農業大学教授)
第124回食品安全委員会 平成17年12月15日
http://www.fsc.go.jp/iinkai/i-dai124/index.html
議事録
http://www.fsc.go.jp/iinkai/i-dai124/dai124kai-gijiroku.pdf
■リシン(リジン)添加小麦、パン問題
リシン(以前はリジンという表記が通例でした)は、必須アミノ酸のひとつで、
体内で合成できないため食べ物から摂取する必要のあるものです。そのため、栄養強化等の食品添加物として使用されています。畜産の分野でも、
飼料添加物として使用されています。
学校給食のパン用小麦に、この食品添加物リシンが添加された時期がわずかにありました。
1964年から1966年、全国5地区でリシン添加の試験導入が行われる。
1968年、群馬県が全県的に導入。
1970年、文部省(当時)が「学校給食用小麦粉にリジン強化することが望ましい」との通達。
1975年、日本学校給食会、L・リジン強化小麦粉供給開始。
東京都の学校栄養職員が問題提起
「栄養は食べもので補うべきで、薬で補うのは本末転倒」
合成されたL・リジン塩酸塩に発ガン物質が含有されているとの指摘
全国で反対運動が広がる
神奈川県、埼玉県、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、和歌山県、滋賀県などで添加中止決定(東京都は添加小麦を扱わず)
8月29日、文部省「リジン強化の継続困難な都道府県については、その自主的な判断に委ねること」通達
(参考:「くらしのてびき1 学校給食」日本消費者連盟 1984)
このような経緯に対して、食品安全委員会委員長代理の寺尾氏、委員長の寺田氏、委員の坂本氏らは、上記のような議論を行い、
あっさりと、遺伝子組み換え食品等専門調査委員会に審議をするよう認めています。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題の経緯をみるまでもなく、食品安全委員会がいい加減で、信頼できない状況にあるか、
消費者や市民に目が向いていない人が多いかということを知ることができます。
■高リシン・トウモロコシのはらむ大きな問題
それでは、遺伝子組み換えの高リシン・トウモロコシについて、その問題点を考えてみます。高リシン・トウモロコシは、
もともとトウモロコシに少ない必須アミノ酸のリシンを遺伝子組み換えによってトウモロコシにたくさん含まれるようにしたものです。
高リシン・トウモロコシの主な用途としては、家畜飼料です。鶏、豚、牛にはトウモロコシがエサとして使われますが、
飼料添加物として不足しがちなリシンを添加することが一般的です。そこで、高リシン・トウモロコシには需要があると考えられたのです。
飼料用のトウモロコシですが、栽培すれば、食用に一部回ったり、混入することもあるため、今回は、
飼料用と食品のふたつの面から安全性審査の申請が出されています。
●実質的同等性?
これまで、遺伝子組み換え作物は、「実質的同等性」だから基本的に安全という理屈が通っていました。
遺伝子組み換えによって組み込まれた殺虫成分や殺菌成分、除草耐性などの成分を除けば、
他の成分は遺伝子組み換えしていない同じ作物と変わらないのだから、組み込まれた成分の安全性だけ確認すれば、
あとは非組み換え作物と同等に扱ってよいという考え方です。
ところが、今回の高リシン・トウモロコシは、そもそも「実質的同等」ではありません。
リシンの成分が非組み換えから極端に高くなっているからです。これまでの実質的同等性だから、
作物の安全性を長期的に調べる必要がないという理屈が成り立ちません。それなのに、「実質的同等性」の理屈のままに、今回増えた「リシン」
だけを安全性審査することになれば、当然、「安全」ということになります。それでは、何のために安全性を審査するのか分からなくなります。
遺伝子組み換え作物の安全性審査が今以上に骨抜きになるのではないかと心配です。
●非公開の調査会の議事録から
2006年1月18日に開催された、第36回遺伝子組換え食品等専門調査会は非公開で行われました。これは、
公開することで開発メーカーの知的財産権を侵すことになるという理由からです。そして、議事録は、
これら知的財産権に関わる部分を抜いて公開されます。公開された議事録を見ると、委員会の出席者の名前も伏せ字になっています。
この専門調査会では、後半、高リシン・トウモロコシの評価のあり方をめぐって突っ込んだ意見のやりとりが行われています。
問題となったのは、実質的同等性ではないのではという点、 飼料用に使われる品種で混入がある可能性に対しての食品の審査ということだが、今後、 食品として加工され食べる機会が増えれば問題ではないかという点です。
実質的同等性に関しては、リシンが遊離リシンの状態で増えているため、単純に増えただけではないということと、サッカロピンやα -
アミノアジピン酸といった代謝経路にある二次代謝物が増えていることから、「アミノアジピン酸については、
実はこれは測定限界以下のものを測定できるほどの量を初めて食べることになるのです」との指摘がありました。一般に、
植物が動物からの捕食から身を守るための毒として二次代謝物には毒性があるため、毒性についての調査が必要という意見です。
この食品としての安全性についての意見に対し、今回の品種が飼料用のデント種でスイートコーン種ではないから、
ふつうはそれほど食べないはずであり、その範囲で安全性を考えればいいのではないかとの意見がありました。
一方、食品として審査する以上、どのような使われ方、食べられ方をしても他のトウモロコシと同じだという安全性が求められるのではないか、
もし健康にいいと大量に加工されて食べられるようなことがあったら問題であり、審査の考え方の整理が必要との意見がありました。
しかし、これらの懸念に対し、安全性の資料などはメーカーに要請するものの、飼料用のデント種でスイートコーン種ではないから、
ふつうはそれほど食べないはずで、将来、食べ方が変わって、デント種を食品として大量に食べるようなことになれば、その際に評価する、
といった姿勢で「この範囲について評価しました」と明示すればいいのではないかという点で整理されました。
ここに、科学的な専門調査会の問題があります。科学的な安全性の評価を前提にしていますが、評価の基準を、たとえば、
デント種は飼料用で加工食品としてはあまり食べられていないから、その範囲で安全性を評価すればいいと制約しています。
専門調査会である委員が指摘しているとおり、メーカーや業界、人々の行動は将来変わる可能性があります。
その際に専門調査会や食品安全委員会が「ちょっとだけ食べるという範囲でしか安全性審査をしていません」といっても、すでにそのころには
「食品」として出回っている可能性があります。それなのに、評価の時点で、「あまり食べないのだから」とか、
「そこまで厳しくしすぎると評価にならない」といった予断が入っています。これでは「科学的」とは言えないのではないでしょうか。
牛肉のBSE問題で、食品安全委員会は、アメリカと日本が輸入プログラムをきちんと守ることができれば、
日本の牛肉とアメリカの牛肉の安全性の差は問題にならないぐらい小さいという条件付きの安全性評価をしましたが、その結果、輸入再開後、
すぐに輸入中止するという事態を招きました。
遺伝子組み換えの高リシン・トウモロコシについても、ある複数の委員が指摘するように、
問題になりそうな成分についてはきちんと安全性を調べ、他のトウモロコシと同様の食べ方をしても問題ないこととして評価しなければ、
食品安全委員会が食品として評価する意味がないと思います。
この評価は、まだ終わっていませんが、注意して安全性評価の動向を見ていく必要があります。
ちなみに、猛毒の化学兵器として有名なリシンと、アミノ酸のリシンはまったく別の物質で、英語では綴りが違います。 猛毒のリシンはRicin、アミノ酸のリシンはLysineです。
第36回遺伝子組換え食品等専門調査会 平成18年1月18日
http://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/i-dai36/index.html
議事録
http://www.fsc.go.jp/senmon/idensi/i-dai36/idensi36-gijiroku.pdf
[ 06/04/03 遺伝子組み換え ]