今の衛生管理は正しいか?
病原性大腸菌O157による集団食中毒が発生した96年以降、食中毒に対する過剰なまでの衛生管理が叫ばれました。
96年の1学期に堺市をはじめとするO157食中毒が発生し、全国の学校給食現場に対して生野菜の自粛や衛生管理の徹底などが求められましたが、
2学期になっても岩手県や北海道でO157による食中毒が発生してしまいました。
97年4月には、文部省体育局長名で「腸管出血性大腸菌O157発生状況を踏まえた食中毒発生の防止等について」
「学校給食における衛生管理の改善充実及び食中毒発生の防止について」という通知が出され、これまでの衛生管理関係通知通達をまとめる形で
「学校給食衛生管理の基準」が出されました。
「学校給食衛生管理の基準」には、栄養士や調理員が当たり前に行なっていることも書かれています。その一方で、学校や共同調理場(センター)
ごとの実状に応じた工夫を認めないような記述も多く、栄養士や調理員に不安と混乱を招きました。
「学校給食衛生管理の基準」を見て、ベテランの栄養士や調理員が疑問に感じた点をいくつか挙げてみます。
●原材料は50gずつ、調理済食品は1食分を保存
学校給食現場の作業環境は決してよいとは言えません。個別の状況は地域や設置時期などによって大きく異なりますが、手狭な調理室、
不足しがちな調理用具、少ない調理員などの中で、創意工夫をこらしながら子ども達に給食をつくっているのが実状です。
そんななか、O157食中毒以降、真っ先に調理現場に導入されたのが、原材料・調理済食品保存用の冷凍庫でした。
基準により、原材料は各50gずつ、調理済食品は1食分、すべて2週間の冷凍保存が義務づけられています。万が一、
食中毒が発生したときに原因を追及するのが目的です。
野菜や肉、魚、豆腐などを保存することになりますが、中には、味噌や醤油、乾物なども保存している給食現場があります。そして、
多くの栄養士や調理員がこのことに無駄を感じています。
たとえば、桜エビやバターを50g、2週間保存して、問題がなければ捨てます。毎日、
日本全国すべての調理場で同じようなことが繰り返されています。
調理済み食品の保存は、食中毒が発生した際の原因究明に役立ちますが、原材料からは食中毒菌の検出がされないケースがほとんどです。
食中毒菌にはかたよって存在する性質のものもあり、50g程度の保存では検出できる可能性が極めて低いからです。
この原材料保存については、原因究明に有効なのかどうか検証が必要ではないでしょうか。
●加熱処理した食品の中心温度は75度1分
揚げ物や焼き物などの加熱調理を行なったときには、中心温度計を使い3点を計り、中心温度が75度以上になり、
それが1分以上加熱されているかどうか確かめることが求められ、調理現場で行われています。
食品ごとの性質を考えない一律な基準には問題があります。たとえば、
揚げ出し豆腐などは中心が75度になるようでは表面は食べられないほど焦げてしまいます。また、すべての加熱品が対象なので、
ご飯や味噌汁の中心温度も計ることになっています。
病原性大腸菌O-157の食中毒で死者がでた大阪市堺市などではこの基準を忠実に守るあまり、ジャムまで加熱していました。
笑い話ではありません。そこまで調理員は必死なのです。
不必要なものまでを加熱したり、中心温度を計るような過剰な対応を求められることで調理作業が煩雑になり、実質的な調理時間が短くなります。
この基準が、学校給食のメニューを必要以上に制約したり、味を悪くすることに栄養士、調理員は頭を悩ませています。
●逆性石鹸で2分間、手をこすれますか?
「基準」の別添に、「衛生管理チェックリスト(日常点検表)注意書」があり、その中で手洗いの基準が示されています。
1:水で手をぬらし、石けんをつける
2:ブラシを使って指、腕を洗う
3:指の間と指先をよく洗う
4:石けんをよく洗い流す
5:逆性石けん液をつける(50倍希釈)
6:2分以上手指をよくこする
7:よく水洗いする
8:ペーパータオル等でふく
試しに逆性石けんで消毒するつもりで、時計を見ながら2分間手をこすってみてください。2分間というのは、短いようで長い時間です。
基準では、作業が変わるたびに、この手洗い、消毒を行うように求めています。
東京都の栄養士たちが実験したところでは、仮にこの通りに手洗いを行なっても、一般生菌検査をするとかなりの菌が検出されたそうです。つまり、
もしも大腸菌O157が手に着いていたら残ってしまう可能性があるということです。
この手洗い基準自体に問題があり、かつ、現場としてできないことを押しつけている感が否めません。さらには、
「この基準通りやっているから安心」という間違った油断をしてしまうことにもなりかねません。
●マスクをすれば、衛生的に見えますが…
多くの学校給食調理現場は、高温多湿の環境です。ドライシステムで冷房も効いていて、働きやすいという調理現場はまだまだ少数です。
その中で、調理現場では、作業中ずっとマスクの使用を求められています。
しかし、多くの作業はマスクをしていないからといって非衛生的だということにはなりません。
むしろ、高温多湿の調理現場でのマスク使用は、気になって顔を手で触ってしまいブドウ球菌等、
肌の表面に存在する菌を手に付着させてしまう危険性もあります。
たしかに、一般の人にとってみれば調理現場でマスクをして作業をしている姿は、していない姿よりも衛生的に見えることがあります。
しかし、必要なことは、適切な衛生管理であって、過剰な対応ではありません。
●パート化、民間委託と衛生管理
「基準」には、「学校給食調理員に対する衛生管理に関する研修機会を積極的に設けること。この際、
パート職員も含めできるだけ全員が等しく受講できるようにすること。」とあります。
実際には、パート職員に賃金を保証して研修を受けさせているところは少ないのではないでしょうか。この項目は、
現実の問題として各自治体で取り組んで欲しいところです。
ところで、現在「合理化」によって給食調理員のパート化、民間委託化がすすんでいます。
給食調理員には、衛生管理や調理に対する知識や経験が求められます。その調理員にパート労働者を増やしたり、
パート労働者が欠かせない民間委託を行なうことは、衛生管理上からもおかしいことです。
パート労働の場合、直営でも民間委託でも身分が保障されておらず、労働が厳しかったり、
賃金が低いなどの理由で調理現場ではパート労働者が定着できないことが多いのです。
また、民間委託の場合社員調理員の交代も多く、東京都立盲・
聾養護学校の例では民間委託校の受託会社社員調理員が1年間の間に交代するケースが調査12校中10校あり、
またパートを含めると11校に調理員の交代があったそうです。これでは安心して調理を任せるというわけにはいきません。
研修しても追いつかないことは十分に予想できます。
●塩素殺菌が復活
O157のあと、しばらくの間、生野菜や果物は学校給食から姿を消しました。その後、生野菜や果物の使用が認められたところでも、
次亜塩素酸ナトリウムを使った塩素殺菌をするように指導されたところが数多くあります。
また、指導により調理前後の洗浄・消毒に塩素殺菌が復活したところもありました。
塩素は強力な殺菌剤です。0.15~0.25ppmの濃度と15~30秒の時間でチフス菌、コレラ菌、赤痢菌、大腸菌などは殺菌されます。
もちろん人体にとっても危険な薬剤です。
短期的には、濃度15ppmで眼、鼻、喉の刺激による痛みや咳などがあり、50ppmで胸の痛みや喀血、1000ppmで即死します。
長期暴露では、鼻や咽頭粘膜の潰瘍や気管支炎などの呼吸器疾患があります。
さらに、塩素は有機物と反応して発ガン物質のトリハロメタンを生成します。
野菜・果物の洗浄には、50~100ppmの溶液に5分以上ひたして殺菌されます。
そのような野菜や果物を子ども達に食べさせる方が心配です。流水で十分です。
大量の塩素殺菌は、調理員の健康にも不安があります。
あなたは、家庭で毎日塩素殺菌した野菜や果物を食べる気になりますか?
(学校給食ニュース2号 1998年5月)
[ 98/12/31 衛生管理 ]