学校給食調理とHACCP 衛生管理について考える
2000年6月末、雪印乳業の大阪工場が原因となった食中毒事件は、被害者数14000人を超え(2000年7月12日現在)、
さらに拡大しています。また、この事件調査がきっかけとなり、雪印乳業における衛生管理上の問題が明らかになり、大きな社会問題になっています。
学校給食の現場でも、雪印乳業の全牛乳処理工場・加工乳製造工場が一時自主的に閉鎖されたため、給食用の牛乳が調達できない、あるいは、
乳製品などの代替品を探さなければならなくなり、各地で混乱が起きています。牛乳のかわりに飲むヨーグルトを出したり、あるいは、
お茶を出したり、水筒持参を呼びかける学校も出ていました。
この事件で、気になったのは、雪印乳業大阪工場がHACCP認定工場であり、
HACCP認定工場だから大丈夫だという思いこみが被害の拡大の一因にもなったという点です。
その後、厚生省は、雪印乳業大阪工場のHACCP認定を取り消しました。
学校給食の調理現場では、1996年の病原性大腸菌O-157による食中毒事故をきっかけに、衛生管理についての議論が高まりました。
文部省より97年4月に「学校給食における衛生管理の改善充実及び食中毒発生の防止について」という通達が出され、
衛生マニュアルとして全国の調理場に徹底するよう指示が流されました。また、平成9年からは、
厚生省によって4つの学校給食センターと3つの自校調理場をHACCP導入調理場として試験導入し、
3年間かけて学校給食調理場におけるHACCP導入について試行されています。
HACCPの単語は、学校給食調理に関わる人にとって、聞いたことはあるものの、必ずしも身近なものではないようです。
HACCPとは何か?
HACCPを学校給食調理場に導入できるのか?
HACCPを学校給食調理に導入する意味はあるのか?
1学期が終わり、これから調理場の清掃や設備改善を迎える時期に、衛生管理について考えてみませんか?
●HACCPとは何か?
「ハサップ」や「ハセップ」と呼ばれるHACCPですが、HACCPはHazard Anaiysis and Critical
Control Pointsの略語で、危害分析(HA)と重要管理点(CCP)による衛生管理の方法です。もともとは、
絶対に食中毒を起こしてはならない宇宙飛行士の宇宙食をつくるために考えられた衛生管理ですが、その後、
アメリカでは加工食品製造や外食産業などを中心に取り入れられています。
一般的に、これまでの食品加工では、最終製品の一部を抜き取って安全性を検査する方法をとってきましたが、HACCP方式では、
食品加工の工程の中で、たとえば加熱によって食中毒菌を滅菌するなどの衛生管理上重要な工程を重点的に管理することで、
すべての最終製品の安全性を保証しようという考え方です。
HACCPのHA(危害分析)は、食中毒原因となる微生物だけではなく、魚のヒスタミンや、
混入したり製造過程で含まれる可能性のある化学物質による危害、物理的な危害も含めて、食品や製造・調理過程で含まれる可能性について原因と、
危害発生を防止する方法を分析するということです。この分析をした上で、CCP(重要管理点)を確認します。重要管理点は、
危害分析で明らかになった危害発生を防止するために管理すべき重要な工程・手順のことです。
HACCPには、7つの原則と12の手順があります。
【7つの原則】
原則1 危害分析(HA)を行い、防止対策を確認する。
原則2 重要管理点(CCP)を決定する。
原則3 重要管理点のそれぞれに適切な管理基準を定める。
原則4 重要管理点のそれぞれに管理・監視・測定方式を定める。
原則5 重要管理点ごとの修正措置、改善措置を定める。
原則6 記録保存方法を定める。
原則7 検証方法を定める。検証には、生物学的検証、化学的検証、物理的検証、官能的検証も含まれ、それぞれに基準を設定する。
【12の手順】
手順1 専門家チームを編成する。責任者が品質管理や製造管理などとともにトップダウンできるチームを作る。
手順2 対象の食品の性質などを説明する記述する。
手順3 対象の食品がどのようにな人に、どのように食べられるか仕様について記述する。
手順4 製造工程一覧図、施設の図面及び標準作業書を作成する。
手順5 製造工程一覧図を現場で確認する。
手順6 危害分析(原則1)
手順7 重要管理点設定(原則2)
手順8 管理基準設定(原則3)
手順9 モニタリング方法の設定(原則4)
手順10 改善措置の設定(原則5)
手順11 検証方法の設定(原則6)
手順12 記録の維持管理(原則7)
手順の7から12がHACCPにあたる部分です。手順の1~5は、HACCPの前提であり、一般的衛生管理プログラム(PP:
Prerequisite Program)と呼ばれるものです。ここでは、施設設備が衛生的か、設備類の洗浄・殺菌・保守などが適当か、
調理者の衛生管理や適切なトレーニングが継続的に行われているかなど、一般的に必要な衛生管理の部分です。基本的に、
この一般的衛生管理プログラムがきちんとできており、実施されていれば、HACCP方式のCCP(重要管理点)
で管理項目を少なくすることができます。逆に、どんなにHACCP方式での衛生管理を行おうとしても、
その前提である一般的な衛生管理が充分に行われていなければ、HACCP方式は機能しないということになります。
例えば、雪印乳業大阪工場での低脂肪乳(加工乳)による食中毒事件は、まだ調査中ですが、報道を見る限り、
一般的衛生管理プログラムの内容である日常的に行わなければならない設備類の洗浄工程が充分ではなかったことが原因のひとつとされています。
つまり、雪印乳業大阪工場の衛生管理の実態は、HACCP方式以前の問題であったと言えます。さらに、実際に食中毒が発生した後の対応は、
HACCP方式では、手順1の専門家チームによるトップダウンによる情報公開、
記録確認によるすみやかな事故原因の解明と改善などが求められていますが、まったく対応できなかったため、食中毒の被害を拡大し、また、
雪印乳業への信頼を大きく失う結果になりました。
●食品会社でのHACCP認証 (日本型HACCP)
近年、加工食品のパッケージに「HACCP認証工場で製造された」などの表示を見かけるようになりました。
1995年5月の食品衛生法改正により、総合衛生管理製造過程の承認制度が導入されました。
この総合衛生管理製造過程がHACCPに基づいたものです(食品衛生法第7条3)。この認証制度により、食品製造所は、
加工場ごとに厚生省の認証があればHACCP認証工場としての製造が可能になります。
一般的な食品衛生管理との違いは、一般的な製造方法の場合、製造基準の遵守や食品衛生管理者の設置義務があり、また、
できあがった製品の一部について微生物などの検査を実施します。しかし、HACCP認証を受けた場合、
HACCPによる衛生管理が優先されるため決められた製造基準通りでなくてもよくなります。さらに食品衛生管理者の設置義務も免除されます。
これは、総合衛生管理製造過程の承認を受けた製造方法ならば、製造工程全体を通じて食中毒などの危害が発生しないよう対策がとられており、
製造基準よりも安全性は高いという判断があるためです。また、製造工場への製造方法の規制緩和であるともされています。ただし、
ある会社が一括して認証をとることはできません。あくまでも、製造品目・加工場別に申請し、承認を得ることになっています。
●学校給食の衛生管理と HACCP
95年の食品衛生法改正による総合衛生管理製造過程認証の導入によって、食品製造業へのHACCP導入がはじまりました。その後、
1997年3月には厚生省の食品衛生調査会食中毒部会によって、「大規模食中毒等対策に関する検討結果」がとりまとめられ、
「大量調理施設衛生管理マニュアル」が作られました。
マニュアルの趣旨には、
「本マニュアルは、集団給食施設等における食中毒を予防するために、HACCPの概念に基づき、調理過程における重要管理事項として、
(1) 原材料受入れ及び下処理段階における管理を徹底すること。
(2) 加熱調理食品については、中心部まで十分加熱し、食中毒菌を死滅させること。
(3) 加熱調理後の食品及び非加熱調理食品の2次汚染防止を徹底すること。
(4) 食中毒菌が付着した場合に菌の増殖を防ぐため、原材料及び調理後の食品の温度管理を徹底すること。
等を示したものである。
集団給食施設等においては、衛生管理体制を確立し、これらの重要管理事項について、点検・記録を行うとともに、
必要な改善措置を講じる必要がある。また、これを遵守するため、更なる衛生知識の普及啓発に努める必要がある。
同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する調理施設に適用する」
とあり、学校給食調理場も視野に入れたものです。
この「大量調理施設衛生管理マニュアル」を受けた形で、1997年4月には文部省体育局から
「学校給食における衛生管理の改善充実及び食中毒発生の防止について」の通知が出されます。「学校給食衛生管理の基準」です。
「学校給食衛生管理の基準」の問題点については、『学校給食ニュース2号(1998年5月号)』で特集しています(ホームページでも掲載)。
さらに、学校給食調理場にHACCP方式を導入しようという動きが加速しています。
食品衛生調査会常任委員会は1997年6月の「今後の食品保健行政の進め方について報告書」の中で、
「これまでの大規模食中毒が学校給食施設等の大量調理施設が原因となったことが多いことから、
これらの施設における衛生管理の強化が不可欠である。このため、
調理過程においてもHACCPの考え方を踏まえた衛生管理手法を導入することを検討し、試行的事業の結果を踏まえ、
実行可能かつ効果的な手法の開発が必要である。この場合、床面乾燥方式(ドライシステム)の調理場や一括調理後、急速冷蔵、冷蔵保存、
再加熱を行う調理方式(クックチル方式)などの新しい方法についても、その有効性の検討を踏まえ、積極的な導入を図ることを考慮すべきである。
また、これらの衛生管理手法の開発とともに、学校給食施設や病院等の給食施設について、今後、
食品衛生法による規制の導入も含めた抜本的な規制方策の検討が必要である」
としており、1997年からの3年間、7つの学校給食調理場をHACCP試験導入調理場としてHACCP計画の立案、試行、
検討を行っています。
【HACCPの導入調理場】
北海道新篠津村学校給食センター
山形県鶴岡市学校給食センター
埼玉県東松山市学校給食センター
愛知県稲沢市立稲沢中学校
兵庫県明石市立貴崎小学校
岡山県久米郡旭町立旭小学校
宮崎県清武町学校級食センター
●HACCPは必要か?
学校給食調理場の衛生管理については、HACCP方式による衛生管理手法を検討する以前ともいえる問題があります。
学校給食調理場の多くは、施設設備の改善が進んでおらず、
衛生管理上の汚染区域と非汚染区域を分ける工夫が単なる赤と黄色の線だけであったりと、現実味に乏しく、
調理現場の実態にそぐわない衛生管理指導も見受けられます。
学校給食の実施主体である地方自治体は、財政難を理由に、施設設備の根本的な改善を先延ばしにする傾向にあります。また、
直営調理員をパート化したり、調理業務の民間委託をすすめていますが、これも衛生管理では問題があります。
民間委託は少数のチーフ以外はパート労働者を使うことでコストを下げます。低賃金で厳しい労働においては、勤続期間が短くなります。
直営のパート化や調理の民間委託化は、調理者の熟練化ができません。一般的な衛生管理でも、HACCP方式の衛生管理でも、
衛生管理についての知識と技能修得は実際の調理業務だけではなく、継続して研修などを行い、繰り返し行う必要があります。
HACCP方式は衛生管理としてきわめて高度なシステムと言われますが、一方で、いくつかの問題点をかかえます。たとえば、
HACCP方式で調理された半完成の加工食品を使うようになり、地場産の野菜や卵などが「非衛生的」
として排除される動きを生む可能性があります。教育としての学校給食の質が著しく低下することになります。
「大量調理施設衛生管理マニュアル」の野菜等の保管では、中性洗剤による洗浄と次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウムが規定されており、
残留化学物質の問題など、食中毒以外の心配が出てきます。成長過程にある子どもに供する学校給食だけに、
これら化学物質残留の問題は無視できません。
さらに、学校給食の調理は、他の大量調理施設と異なり、毎日、違う献立を大量につくるという特徴があります。毎日献立が違うということは、
調理ごとに重要管理点の一部が変わることになります。HACCPの導入には、適切で高度な施設設備や調理員の理解など多くの問題を抱えます。
最後に、仮にHACCPの導入=食中毒が起こらないということが誤りであることを、今回の雪印乳業大阪工場の食中毒事件が明らかにしています。
マニュアルをつくるのも人間ならば、衛生管理を行うのも人間です。
HACCPにも良い点と欠点があり、今のHACCPをそのまま学校給食調理に取り入れることは、
学校給食の教育としての幅を狭めることになりかねず、慎重な対応が必要です。しかし、食中毒を発生させない衛生管理は学校給食の前提です。
今後も、教育としての学校給食だという視点を持ちながら衛生管理について議論していく必要があります。
【参考:大量調理施設衛生管理マニュアル】(厚生省ホームページ内)
http://www.mhw.go.jp/search/docj/houdou/0903/h0317-3.html
(学校給食ニュース 2000年7月)
[ 00/12/31 衛生管理 ]