O-157による死亡、堺市に賠償命令
9月10日付朝日、日本経済新聞等によると、堺市の病原性大腸菌O-157による集団食中毒をめぐり、死亡した小学校6年女児の両親が、
堺市に対し損害賠償を求めていた訴訟の判決が9月10日に大阪地裁堺支部で言い渡された。判決は、市に対し、国や府の通達にあるように、
安全対策として加熱調理に切り替えておけばO-157を除菌できていた可能性が高く、過失があったとして約4500万円の支払いを命じた。
判決理由要旨は次の通り(読売新聞より)。
「1 一、学童集団下痢症の原因
本件学童集団下痢症の原因は、学校給食に起因するものと考える。欠席状況や喫食状況等の調査結果を総合考慮すれば、最も疑われる献立は、中・
南地区では平成8年7月9日の冷やしうどん、北・東地区では7月8日のとり肉とレタスの甘酢和えである。
有症者の検便からO157が検出されていることからすれば、中・南地区においては、7月9日の学校給食、
そのなかでも冷やしうどんがO157に汚染されていた。
二、女児の死亡原因
女児は、7月9日の学校給食を喫食していること、O157感染症の潜伏期間や病状の経過等からすれば、女児は、
O157に汚染された7月9日の学校給食を喫食した結果、O157感染症に罹患し、
さらに溶血性尿毒症症候群に罹患して死亡したものと認められる。
2、過失の推定
一、学校給食が学校教育の一環として行われ、児童にこれを食べない自由が事実上なく、献立について選択の余地がないこと、
調理も学校側に全面的に委ねているという学校給食の特徴や、学校給食が直接体内に摂取するものであり、何らかの瑕疵があれば直ちに生命・
身体へ影響を与える可能性があること、学校給食を喫食する児童が、抵抗力の弱い若年者であることなどからすれば、学校給食について、
児童が何らかの危険の発生を甘受すべきとする余地はなく、学校給食には、極めて高度な安全性が求められているというべきであり、
学校給食の安全性の瑕疵によって、食中毒を始めとする事故が起これば、結果的に、給食提供者の過失が強く推定される。
二、そうだとすれば、被告が女児に提供した7月9日の学校給食は、女児に提供された時点でO157に汚染されており、その安全性に瑕疵があり、
それを喫食したことによって、女児は死亡したのであるから、学校給食の提供者である被告には過失が推定される。
3、被告の主張
一、これに対し、被告は、本件当時の給食行政にかかわる者として要求される知見によっても、
原告らが原因食材と主張するカイワレ大根によって不特定多数の小学校においてO157による集団食中毒が発生し、
児童などへの多数の死傷の結果が発生することを予見することはできなかったから、それを予見して、
児童の集団食中毒を防止するためにカイワレ大根を含むすべての食材を加熱すべき義務があったということはできないこと、当時、
生野菜の消毒液による洗浄は禁止されており、そのなかで、できる限り、水で4回洗うなどという手段をとっていたことなどからすれば、
被告としても、国や大阪府から受領した通知通達類をもとに相当な対策、すなわち、加熱すべき食材はすべて加熱すること、
生食野菜や流水で4回ていねいに所定の方法で洗浄すること、生食するものは喫食時間を踏まえて作業時間・
配缶時間を遅らせることなどの指示をしていたのであるから、被告に過失はない旨主張する。
二、無過失の主張の検討
(1)O157は、経口でしか感染せず、また、熱に弱く、加熱により容易に死滅する性質であることからすれば、
仮に何らかの食材がO157に汚染されていたとしても、献立を加熱調理に切り替え、その加熱調理が適切に行われる限り、
学校給食が児童に提供される前に、O157を除菌できた蓋然性が極めて高い。
(2)新聞報道や国及び大阪府からの通知通達類によれば、O157について、二次感染の恐れや水の汚染が指摘され、
それを通じて食肉類以外の食品が汚染される可能性が十分に考えられた。
平成8年5月ごろから全国的に蔓延し始めたO157による食中毒についても、その感染源もしくは感染食品はほとんど明らかになっておらず、また、
新聞報道でも、「O157はどんな食物に潜んでいるかよく分かっていない」、「感染原因が特定できない」
などと報じられたようにどの食品がO157によって汚染されているのか分からない状況であって、
食肉類さえ注意していればよいというような状況ではなかった。
まして、岐阜市での集団食中毒の原因がおかかサラダである旨報道されており、食肉類以外の食材の汚染の可能性が現実化していた。
その当時すでに、公衆衛生の専門家の間においては、O157にクロス感染を起こす性質があることから、
すべての食材が汚染される可能性がある点について、警戒感がもたれていた。我が国を含め世界的にも、専門家の間では、ここ十年程度は、
直接肉にかかわらず、
牛糞やそれによって汚染された水などを媒介として野菜等に感染する可能性が認識されるようになってきていたことなどからすれば、
食肉類のみを警戒すればよいというような常用ではなかったし、被告の所部職員はそのように認識すべきであった。
(3)国や大阪府からの通知通達等では、感染防止策として、加熱処理の有効性・必要性を食肉類に限定していない。ましてや、
食肉類さえ加熱処理すれば安全であるなどというような指示がされていたわけではない。また、新聞報道でも、食肉類に限らず、すべての食材に関し、
加熱処理の有効性・必要性が繰り返し報道されていた。
(4)文部省からの依頼を受けた大阪府教育委員会のO157対策の実施状況の調査においても、「献立を加熱調理に変更したか」
という設問をして暗に献立を加熱調理に切り替えることを奨励していた。
(5)O157は、通常の食中毒菌とは異なり、極めて少量の菌量で発症しやすいこと。まして、堺市においては、
早朝に搬入された食材を検収もしないで常温のまま長時間放置していた実情にあったから、その間にO157が増殖して、水洗いのみでは、
すべてを除菌できない可能性があり、その除菌しきれなかった菌量でも、場合によっては感染の危険性があること。そのことは、
教育行政にかかわる所部職員としては、当然考慮すべきことであり、消毒薬の使用が事実上禁止されていたのならば、それ以外の有効な対策
(加熱処理等)を考慮すべきであった。
(6)当時、他の多くの市町村では、献立を加熱調理に切り替えており、
被告よりもはるかに規模が大きいと考えられる大阪市や京都市でさえも献立を加熱調理に切り替えていた。被告においても、本件以後、
献立を加熱調理に切り替えたことからすれば、本件当時、被告において、献立を加熱調理に切り替えることについて、
特段の支障があったとは認められない。
(7)文部省も時期によっては、献立から生のものをはずすこと、すなわち、加熱調理に切り替えることも念頭においた通知をしていた。また、
高温多湿の時期に限定して加熱調理に切り替えても、夏休みを考慮すると短期間のことであるから、献立の工夫によって、
所要栄養量基準表及び標準食品構成表所定の基準を満たすことは十分可能である。逆に、右栄養基準等を満たすために、
学校給食に対する万全な安全対策を怠ることは本末転倒である。
(8)学校給食は、極めて高度な安全性が求められているのだから、実施にあたっては、
最新の医学上法や食中毒事故情報などの収集を常時行うなど、最大限の注意義務が課せられている。まして、通知通達類や新聞報道によって、
平成8年は例年になく食中毒による死者数が多く、O157が全国的に流行し、その感染源が不明であり、
O157が他の食中毒菌に比べて菌数が極端に少なくても発症させ、小児が罹患しやすく、場合によっては死に至ることがあり、
現時点では溶血性尿毒症症候群については治療法がないことなどが指摘されていた。当時、学校給食については、特に厳重な注意が必要であり、
いくら注意してもしすぎるということはなかった。(注:8項目のみ読売新聞が略のため、毎日新聞より同項目と判断できるところを引用)
三、そして、O157が経口でしか感染せず、熱に弱く、加熱により容易に死滅する性質であり、仮に、
何らかの食材がO157に汚染されていたとしても、献立を加熱調理に切り替え、その加熱調理が適切に行われる限り、
学校給食が児童に提供される前に、O157を除菌できた蓋然性が極めて高いということができることからすれば、仮に、
本件学童集団下痢症の原因食材の特定、感染ルートの特定ができなかったとしても、右の理は、何ら変わるものではない。
4、結論
以上の次第で、被告及び学校給食の実施管理に従事していた被告の所部職員には、不法行為(国家賠償法)
における過失があるものといわざるを得ない。被告は原告らに生じた損害を賠償すべきである。
(下線部は学校給食ニュースで付けた)
なお、原告側が損害賠償の請求根拠のひとつにしていた、PL法(製造物責任法)については判決で触れず、
従来の不法行為として自治体の責任を問う形となった。
堺市、原告は控訴せず、判決は確定する(9月15日、読売新聞他)。(99.9.29)
[ 99/12/31 衛生管理 ]