堺市のO157裁判判決が示唆したもの 里見 宏(健康情報研究センター代表)
堺市のO157食中毒事件で一人娘を亡くされた保護者が市を相手に裁判を起こしたということは聞いていました。
その判決が1999年9月10日にでました。この判決は学校給食で食中毒が起きたら誰に責任があるのかということを示しました。
原因は0157だというけれど、どうして0157が給食に入っていたのか。なぜ6千人もの患者がでたのか。
なぜ自分たちの子どもが死ななければならなかったのか。これだけの被害が起きたのに誰にも責任がないのか。納得がいかないのは当たり前です。
これまで給食で起きた食中毒の責任がどこにあるのかということはウヤムヤにされていたことが多いのです。
学校給食による食中毒が構造的な問題を抱えているのにそこを明確にしてこなかったから、
直接仕事にたずさわる栄養士や調理員が暗黙のうちに責められるという構図が出来上がっていました。
しかし、今回の判決は給食で食中毒が起きたときウヤムヤにされてきた責任が明確になったことが大きな意味を持ちます。今後、
自治体は給食で事故が起きないように最善をつくさないと、今度は刑事事件として責任を問われることにすらなりかねないことになるでしょう。
この裁判は似た問題を抱える全国の学校給食に大きな影響を与えるはずです。
O157の裁判は給食を行っている堺市(代表者の市長)を訴え、訴訟には4つの法律が根拠にされました。
(1)「債務不履行」による責任
堺市は学校給食を食べて亡くなった女の子の命やからだの安全に注意を払う義務を負っていた。食中毒などが起こらないよう細心の注意を払い、
子どもの命やからだに被害がおよばないように万全の措置をする義務があった。ところが、当時、堺市の学校給食は、食材の一括購入を行い、
これを朝5時ころから朝8時ころにかけて、普通の2トントラックで配送し、保冷設備のない下処理室に置きぱなしにしていた。
最長約2時間50分あまりも放置し、かつ献立も加熱していないものを含むという状態で行われていた。
6月20日には、大阪府学校給食係より「衛生的に取扱、汚染の心配のあるものは十分加熱してください」という内容の通達があり、
6月26日には大阪府教育長から堺市教育長宛に同主旨の通達がなされていた。通達に従い、食材の一括購入を是正し、
配送の際にもすべて保冷車で配送するなどの注意義務があるのに、これを怠り、漫然と従来の通りのまま給食を実施し続けた過失により、
汚染された給食を被害者に食べさせ、死亡するに至らせたものである。よって、堺市は、民法415条により、
右債務不履行による損害を賠償すべき義務がある。
(2)国家賠償法一条による責任
教育長らは、堺市の地方公務員で、子どもに学校給食を食べさせることは、国家賠償法一条の公権力の行使になる。
学校給食の安全には万全をはかり、子どもの命やからだを保護するべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、
食中毒を発生させて被害者を死亡させたので、国家賠償法一条に基づき、過失により生じた損害を賠償する義務がある。
(3)憲法29条3項の類推適用により損害賠償をすべき責任
堺市は、子どもに対し、学校給食を強制して、教育目的の達成を図っていたものであるが、この実施の過程で被害者を死亡させ、
特別の犠牲を与えたのであるから、憲法29条3項の類推適用により、被害者の損害を賠償する義務がある。
(4)製造物責任法による賠償責任
製造物の欠陥により人の命、
からだ又は財産に被害が生じた場合、製造業者が損害を賠償することを定めている法律です。学校給食をつくり、
被害者を含む児童に給食を提供していた。給食が0157に汚染されているという欠陥があった。
これにより0157に感染し死亡したので賠償する義務がある。
この4つの法律で賠償の請求が行われました。(各法律は表1参照)
これに対して、堺市は債務不履行責任もしくは不法行為責任を主張するなら、何が原因食材を明らかにすべきだ。
カイワレ大根といっているが本当にカイワレ大根で中毒が起きたという証拠がない。また、
当時の数日間の保存食を検査したが0157は見つかっていない。厚生省がカイワレ大根が疑わしいといっているのは仮説であって、
未だに原因食材は不明になっている。食中毒の原因となった食材が特定できていない。
また、厚生省や大阪府からの通知で0157食中毒があちらこちらで起きていることから児童が中毒を起こせば多数の死傷者がでる危険があり、
万が一起きれば大変なことになるということを予見できたというが、ハンバーグや肉の加熱はしていたし、食器の洗浄、手洗い、
野菜も流水でていねいに洗浄していたから対策は十分やられていた。
0157が大腸菌であることからカイワレ大根が0157に汚染されていることは予見できなかった。だから過失はなく、不法行為は成立しない。
だから国家賠償責任を負う必要がない。また憲法29条3項で言われるように学校給食を強制していたことはなく特別の犠牲を与えたことはない。
製造物責任法については、給食は教育の一環として行われているのであって、実施する教育委員会は製造業者にはあたらない。
製造物責任法において、製造業者に厳格な責任が負わされる理由は、その製品の種類、企画、構造、
製造過程などを製造業者が一方的意思で決定できる立場にあるからである。しかし、学校給食は一方的意思によってこれを調理するものでなく、
学校給食法の趣旨を受けて、さらに、文部省令によってその栄養内容や使用する標準食品について細かく定められている。
一般の業者のように一方的に意思決定ができないから製造物責任法の前提となる製造業者にはあたらない。
それから0157中毒が起きたとき入手可能な世界的最高水準の科学または技術に関する知見をもってしても、
カイワレ大根が0157に汚染されていることを予見することはできなかったのだから、
市に責任があるという父母の請求には何らの理由もなく棄却されるべきである。
この4つの争点で裁判は行われていました。(各法律は表1参照)
裁判所は「学校給食が学校教育の一環として行われ、児童にこれを食べない自由は事実上なく、献立についても選択の余地がない。 調理も学校側に全面的にゆだねているという学校給食の特徴や、学校給食が直接体内に取り入れるものであり、何らかの瑕疵(かしと読みます:きず、 欠点、欠陥という意味です)があれば直ちに生命・身体への影響を与える可能性がある。学校給食を食べる児童が、 抵抗力の弱い若年者であることなどからすれば、学校給食について、児童が何らかの危険の発生を甘受すべきとする余地はなく、学校給食には、 極めて高度な安全性が求められている。安全性の瑕疵によって、食中毒を始めとする事故が起これば、結果的に、給食提供者の過失が強く推定される」 (判決の要旨)として4千5百万円の損害賠償を支払うよう命じました。
この判決を堺市も認め被害者の父母に賠償金を支払う決定をしました。しかし、問題はこれからです。 学校給食で食中毒が起きたら自治体に過失があった推定できるという重い判決がでたからです。中毒を起こしたら責任は自治体にあるということです。 ですから、この判決は全国の学校給食を行っている自治体に大きなショックを与えたと思います。特に、一括購入、センター給食、 民間委託など合理化の方向に向かっていた自治体は大変だと思います。 もしこの判決が製造物責任法で賠償するような判決なら民間業者に委託しておけばその業者が賠償することになるでしょう。 ところが裁判所は製造物責任法でなく給食に責任を持つ自治体に過失があったと推定するという判決を下しました。 この判決は民間委託であろうとなかろうと自治体の責任が問われるということです。 これから自治体が何も対応しないで食中毒を起こしたら責任はもっと重いものになります。かといって、 野菜や果物まで加熱したり消毒したら食事というよりエサといったほうがぴったりするような給食になり、学校給食法の目的を達成できないどころか、 学校給食の存続そのものが問われます。まさに学校給食は正念場に立たされています。
学校給食に求めるものを変える
学校給食の目的はお腹の減った子どもにただ食べさすためのものではありません。
じゃ何なのという声が聞こえてきそうです。学校給食法にはその目的が書かれています(学校給食ニュースホームページ「食教育」参照)。しかし、
多くの人達が今の給食を見てこれ以上何を求めたらよいのだろうかと戸惑っています。
学校給食が本当の食べる教科書として使われたことがないから戸惑っているのです。食とは何なのか。何が食べ物になるのか。
食の安全とはどうして守られているのか。食文化はどうして形作られたのか、そしてどう変っていくのか。世界の食文化と日本の違いは。食物と病気、
世界の食料の分配のアンバランスによる飢えの問題。子どもたちに教えることは山積しています。
一括購入やセンター給食が抱える問題だって教えないといけないのです。学校給食の持つ可能性は大きいのです。
公教育できちんと食べるということを教えておけば子どもたちが大人になって食べ物のことで悩むことはズーっと少なくなると思います。
赤ちゃんができ親になった人たちは尚更のことです。生きている人間は生きていくために食べ物を食べなければならないのです。まさに、
学校給食は生きるということを教える新しい教科書になる可能性を秘めているのです。そして、
その秘めている可能性を正に現実に食教育として実践しなければならないことを裁判の判決は示したのです。
表1
民法第415条[債務不履行]
債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
憲法第29条[財産権]
1 財産権は、これを侵してはならない。
2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
国家賠償法
第1条[公権力の行使にもとづく損害の賠償責任、求償権]
1 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、
国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
製造物責任法
第1条 この法律は、製造物の欠陥により人の生命、
身体又は財産に係る被害が生じた場合における製造業者等の損害賠償の責任について定めることにより、被害者の保護を図り、
もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
[ 99/12/31 衛生管理 ]