環境ホルモンのより詳しい説明
●環境ホルモンのより詳しい説明
環境ホルモンは、日本語として正しくは「内分泌かく乱化学物質」と呼ばれています。その名の通り、生命の内分泌系を混乱させることで、
生命に深刻な問題を引き起こします。
内分泌物質(ホルモン)はきわめて微量で体内のバランスを保ったり、生殖機能をコントロールする大切な物質です。
このホルモンと構造が似ている化学物質が、本来のホルモンの働きをじゃましたり、異常な働きをさせて、
人体や生殖機能に影響を与えることがあります。これが環境ホルモン問題です。
ホルモンには、その化学構造からステロイドホルモン、ペプチドホルモン、アミノ酸誘導体ホルモンの3種類があります。今、
問題になっている環境ホルモンは、主に性ホルモン(エストロジェン、アンドロジェン)
や副腎皮質ホルモンなどステロイドホルモンの働きと同様のふるまいをしたり、じゃましたり、異常にするものです。ステロイドホルモンは、
遺伝子の活動にまで直接作用するため、影響が大きくなります。
また、作用が終わると肝臓などですぐに分解され、排出されるホルモンとは違って、環境ホルモンは分解されにくく、油に溶け、
体からはなかなか排出されません。そのため、長期に渡って影響が続くことになります。
環境ホルモンが深刻な問題なのは、
ホルモンのようにきわめて微量でも作用すること
種の生存に関わる生殖機能に異常をあらわすこと
胎児期のように、特定の時期に影響を極度に受けやすいこと
精子の減少、子宮内膜症など、成長後に大きな影響が出ること
免疫系の異常や行動異常など生命の根幹に関わる異常につながりかねないこと
です。
●人体への影響
もっとも影響を受けるのが、次世代の子どもたちです。胎児は胎盤を通じて母親から栄養を受け取りますが、この際、
環境ホルモンや人工的な毒物などが胎盤を通過し、胎児に影響を与えることがあります。
撹乱作用があるかどうかわかりませんが、サリドマイド症は胎児の特定の時期にサリドマイドにさらされることで直接被害を受けています。
環境ホルモンの例では、
アメリカで50年代から60年代にかけて妊娠期の流産予防や避妊薬として使用された女性ホルモンと同様の働きをする合成ホルモン剤DES
(ジエチル・スチルベストロール)があります。胎児期の特定の発育状態でDESに曝露すると、生まれた子どもが、女性の月経異常、膣ガン
(きわめてまれなガン)、男性の尿道下裂、停留精巣、精巣ガン、精子数の減少などになる例がありました。
環境ホルモンの人体への影響としては、男性の精子数が過去50年間で半減しているという指摘があり、比率はともかく、
精子数が減少しつつあるのは間違いないようです。また、精子の質も劣化しており、運動能力の低下や奇形率の増加により、
生殖能力が衰えつつあります。この他、男性への影響としては、精巣ガンの増加、尿道下裂、停留精巣、
小陰茎症などの生殖器異常の増加が指摘されています。
女性の場合、乳ガンの増加が指摘されています。乳ガンは、女性ホルモンのエストロジェンによってガン細胞が増殖することが知られています。
環境ホルモンによって乳ガンが誘発されていることは十分に考えられます。不妊症の原因のひとつである子宮内膜症も過去には例が少なく、
急増している症例です。
これらはいずれも性ホルモンが大きく関わる病例であり、性ホルモンのようなふるまいをする環境ホルモンとの関わりが考えられる例です。
また、男女を問わず増加しているものにアレルギー、アトピーなどの増加があります。
さらに、学習障害、行動障害児の増加、多動症やストレスへの過剰反応などが明らかに増加しており、
胎児や幼児期の甲状腺ホルモンのかく乱などによる影響で、脳や神経系の発達に障害が起こっているのではないかという指摘もあります。
●野生生物への影響
野生生物への影響はとてもたくさんの事例があります。身近な例では、
神奈川県三浦半島でみかける巻き貝のイボニシが採取されたメスのほとんどに男性器が発達し、メスがオス化しています。そのほか、
多摩川のオスのコイの精巣が小さくなったり、精巣と卵巣を持つ魚体が上がっています。
世界的には、変態によって水と陸の両方の環境で生きる両生類が激減しています。環境ホルモンの影響だけではありませんが、
環境破壊とあいまって、ひとつの種を超えた絶滅への危機が心配されています。また、
かつて旧日本軍や米軍の弾薬庫だった福岡県北九州市の山田緑地では、近年多足のヤマアカガエルが何匹も発見されています。
鳥類も、卵の殻が薄くなって繁殖しなかったり、成鳥でも巣を作らなかったり、子育てをしない例が増えたり、
奇形などが地域や種ごとに増えています。
ほ乳類もアメリカのフロリダピューマに精巣や精子に異常のある群が発見されたり、アザラシやイルカなどの大量死が世界で起こり、
それらの体内からは高濃度のPCBやDDEといった化学物質が検出されています。
しかし、今のところ確かな因果関係が明らかになってきたのはごく一部であり、精子の減少や、 様々な野生動物の異常が環境ホルモンという視点で考えると説明がつくようになったという段階です。 世界中の研究者や機関が今まさに研究や調査を行なっています。
●代表的な環境ホルモン
環境ホルモンの多くは、合成された有機化学物質です。
現在までに分かっている代表的な物質は、
ダイオキシン類
PCB
フタル酸エステルやスチレン、ビスフェノールAなどのプラスチック添加剤や原料
DDTなどの有機塩素系農薬
水銀や鉛などの重金属を含んだ有機化合物
界面活性剤のノニルフェノール
などです。(天笠啓祐著『環境ホルモンの避け方』より引用)
製品としては、塩化ビニール、ポリカーボネート、スチレンなどのプラスチック製品(おもちゃ、食器、ラップ、発泡スチロール、水道管、 缶詰の内コーティング他)、農薬(殺虫剤、殺菌剤、除草剤)、アルキルフェノールなどを含む合成洗剤、酸化防止剤などの食品添加物…。さらに、 ごみの焼却で発生するダイオキシン類や生産されなくなった現在も環境中に存在するPCBなどが挙げられます。
●環境ホルモン問題の背景
(有機化合物)
環境ホルモン問題は、それ以前から毒性や発ガン性などが指摘されているダイオキシン、PCBといった化学物質、農薬、合成洗剤、また、
ごみ問題を引き起こしているプラスチック製品などと共通の問題点を抱えています。
これらの大半は合成された有機化学物質(有機化合物)です。「有機」とは炭素を含む化学構造をもつという意味で、ヒトを含む動物、植物、
菌類などすべての生命は「有機」です。そして、「有機」物質は生命が作り出した物質です。石油や石炭なども元は植物であり、
生命がつくりだした物質です。
しかし、人類は人工的に有機化合物を作り出すことに成功しました。そして、これまで自然界には存在しなかったり、
ほとんど見ることのできなかった物質を次々に生み出したのです。
(自然界にないふるまい)
人体の有機化学物質はタンパク質や核酸に代表され、ほとんどが水溶性です。その回りを細胞膜などの油の膜で保護しています。
ステロイドホルモンの場合、タンパク質と結びついて水に溶けるようになり、血液を通して運ばれます。そして、この油の膜を通って細胞の中に入り、
決まった受容体とくっつくことで作用しますが、体内での役目を終えると肝臓で分解され、排出されてしまいます。
合成した有機化学物質(有機化合物)の多くは油に溶ける性質があり、細胞膜などを通過してしまいます。さらに、
これまで自然界に存在しなかった物質は、人体など生命系が対応できず、分解や排出がなかなかできません。そのなかで、水に溶けず、分解せず、
油分の多いところに溜まってしまう性質を持ち、ステロイドホルモンの受容体とくっついて、ホルモンと同様の働きをしたり、
ステロイドホルモンの働きをじゃましたり、そのような反応系を混乱させるのが環境ホルモンです。
(現代社会の問題点)
有機化学物質が誕生したのは1828年のことで、1856年に人工染料として製品化されました。
第一次世界大戦により毒ガスの成分として塩素が大量に生産、使用されるようになり、戦後、
余った塩素が有機塩素系化学物質として生産されるようになります。PCB、DDT、塩化ビニールや農薬、殺菌剤などが次々に生み出され、
1950年代以降は石炭から石油へと原料が変わりながら、プラスチック、農薬、合成洗剤、合成ゴム、食品添加物、フロンガスなどの大量生産、
消費がはじまりました。有機化学物質は、現在生産が行なわれているものだけでも数十万種類になっています。
これらの製品によって、今の日本のような大量生産、大量消費、大量廃棄社会は成り立っています。
環境ホルモン問題は、オゾン層の破壊や地球温暖化、ごみ問題や、様々な環境汚染、健康被害などとまったく同じところから発している問題です。
だからこそ、根本的な解決は、この大量生産、消費社会のあり方や、産業のあり方までも問いかけることになり、
すぐに解決できることではありません。
緊急に対処すべき行動をとりながらも、他の問題と合わせて解決の道を探すしかないのです。
(学校給食ニュース5号 1998年9月)
[ 98/12/31 環境ホルモン ]