学校給食が与える影響の大きさ
はじめに
現在の学校給食は福祉ではなく教育として行われています。1954年に制定された『学校給食法』の第2条(目的)
は次のように学校給食のあるべき姿を示しています。
第2条 学校給食については、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
一、日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。
二、学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。
三、食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。
四、食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。
学校給食の目的がはっきり示されているにも関わらず、学校の現場、学校給食の予算などを決定する行政、そして地域で、学校給食は「雑務」
「単なる子どもの昼食」「予算削減対象」と捉えられがちです。
一方、日本人の食生活を考えると、高度成長期後、「飽食の時代」と言われ、摂取カロリーは増えましたが、かつて成人病と言われた「生活習慣病」
の若年齢化やアレルギー・アトピーの増加、子どもたちの問題行動などが指摘されています。
今、小学校・中学校に通う子どもたちの親は、すでに戦後、高度成長期の学校給食を経験した層であり、子どもたちは戦後の学校給食第2、
第3世代です。
現在の食のあり方に対し、学校給食はどのような影響を与えてきたのか、また、食のあり方が移り変わる中で、 学校給食はどのように移り変わってきたのか。そして、学校給食には、どのような可能性があるでしょうか。
●学校給食が与える影響の大きさ
98年の8月に開かれた「98夏期学校給食学習会」において、農林中金総合研究所の根岸久子さんに『食の嗜好と学校給食』
と題してお話しいただきました。農林中金総合研究所は、1980年と1989年の2回にわたって、学校給食に関する総合的な調査・研究を行ない、
学校給食のもつ社会的な可能性などを提言しています。
ここでは、この調査レポートをもとにして、学校給食が子どもたちの食などに及ぼす影響についてまとめます。
学校給食第二、第三世代へ
今年の人口統計をもとに大まかな推計をすると、戦後の学校給食を受けた、または、受けている数は、全人口の7割を超すほどになります。
また、高度成長期以降の学校給食、とりわけ1976年以後の米飯給食を体験した層でさえ、早くも30歳代となっており、その子どもたちが第2、
第3世代として学校給食の体験をしています。
学校給食がその後の食生活に大きな影響を与えることは、これまであちこちで指摘されていましたが、
その実証はほとんど行なわれたことがありません。農林中金総合研究所の調査は、母親と子ども、学校栄養職員に対して同時に調査することで、
学校給食が想像以上にその後の食生活に大きな影響を与え、国内の農業や外食産業とも関わっていることを明らかにしています。
<家庭と学校給食>
89年の調査を報告するレポートのひとつ『NORICレポート』90.7.26 では、「ゆれうごく母と子の食生活-
学校給食のつよいインパクト-」と題して、学校給食が家庭の食生活に与えている影響を分析しています。
それによれば、「母親たちの62%は、学校給食によって自分自身の成人後の食生活が影響を受けたと考えており、また、90%
がわが子の食生活に学校給食が影響を与えていると回答」しています。
学校給食で覚えたり、好きになった献立を親が家庭で料理したり、子どもが親に対しその料理を求めていることがはっきりしています。また、
学校給食の献立表が、家庭の調理に影響を与えていることもこの調査から明らかになりました。
親の世代が高度成長経済期以降の給食経験層であるため、親と子どもの食に対する嗜好が近づいていることも調査から分かりました。つまり、
若い親の世代ほど、子どもと同じ食嗜好になっており、好きなもの嫌いなものが親子で同じになる傾向が強いということです。
<主食のあり方の移り変わり>
学校給食に米飯給食が導入されたのは1976年のことです。戦後の学校給食はパン給食であり、米飯給食導入後も、
現在にいたってようやく米飯回数がパン回数を上回るようになったところです。
戦後の食糧不足の中で、1950年、アメリカのガリオア資金による小麦の無償配給にはじまった完全給食は、翌年、
ガリオア資金がうち切られたにもかかわらず、一貫してパン給食の道をたどりました。このことが、日本の食生活を大きく変貌させ、
米飯中心の食事からパンが占める割合を高めるにいたったことは、よく指摘されています。
調査からも、朝食には親子ともパンの比率が高くなっており、また、親の昼食としてめん類の比率も高く、ご飯(米)
の比率が下がっていることが分かっています。
さらに、めん類のように単品型の食事を好む傾向にあります。
<外食産業と学校給食>
親子の食の嗜好の一致、および、学校給食で好きな献立と外食でよく食べるメニューとの共通性も調査から浮かび上がっています。
家庭内、学校給食、外食と食のあらゆる面で、食への嗜好が狭い範囲で固定化しているようです。
児童期から青年期の食の訓練が、その後の食行動に大きな影響を与えるものだということを、この調査は裏付けています。さらに、
個々の食品に対する好き嫌い、味付けの濃淡、調味料の選択、献立の組み合わせ、マナー、食器具の選択や使い方、
並べ方などについての影響が大きいことが調査の結果分かっています。また、時々議論にのぼるような、「学校給食は年間190食程度であり、
年間の食事の6分の1に過ぎないのだから、影響はさほどでもない」という論に対しては、学校給食のもつ心理的な影響が強いことを示し、
否定しています。
<学校給食がもたらすもの>
学校給食はその後の食生活に大きく影響を与え、家庭内の食などにも大きく影響します。と同時に、
学校給食もまた社会情勢によって大きく影響されます。魚の煮物などで残食が増える現実の前に、子どもにとって食べやすい給食と、
食べさせたい給食との間に揺れる学校給食現場の苦悩は近年ますます深まっています。
しかし、学校給食が、結果的に日本の主食に米に並んで「パン」をもたらし、ひとつの要因として、日本の農業構造にまで影響を与えていることは、
学校給食の本質的な問題点を示します。学校給食のあり方ひとつで、地域の農業や地域文化そのものにまで影響を与える可能性があります。なにより、
子どもたちにとって、学校給食を通して学ぶものはとても印象深く大きなものであることは間違いありません。
食教育の視点から見れば、学校給食は大きな可能性を持っているのです。
この調査をふまえ、調査者のひとりである荷見武敬氏は、次のように訴えています。
「給食のもつなによりも本質的な存在意義として、それが食=生活と農=生産をつなぐ一番身近な結び目として機能しているということである。
日々の給食の営みそのものが、校区圏という名の地域社会と地域農・漁業(その中核的担い手としての農・漁協)
とを結ぶ架け橋としての意味をもっているといえよう。前にもふれたように、少し長い目で見ると、学校給食は、私たちの食生活=食料消費構造と、
農・漁業生産(農・漁協事業)の在り方を結びつける出発点ともいえる。ここで最初のボタンをかけ違えれば、食と農、
地域社会と地域農業はスレ違ってしまい、とどのつまりには身土不二ならぬ身土バラバラという致命的欠陥を生み出す遠因になりかねない」(
『学校給食を考える』より)
(学校給食ニュース8号 1998年12月)
[ 98/12/31 食教育 ]