千葉県市川市の学校給食の実状 調理員の取り組み報告
1.
はじめに
本校は、市川市の北部中央に位置し、東京のベッドタウンとして栄え、人口も増えている。しかし、農家もわずかだが残っており、
そのわずかな畑に囲まれた、のどかな環境に置かれている学校である。調理形態は小学校550食、中学校550食を調理する親子方式で、
栄養士1名、調理師1名、調理員6名、パート職員2名で、市川市内の給食調理規模としては、大きい学校である。
私たち調理員は、常に子供達の命を預かっているという意識を持って、安全でおいしい給食を提供できるよう調理している。
おふくろの味ではないが、子供達が将来、大人になって「この味、懐かしい給食の味、もう一度食べてみたい」というくらい、
心に残る給食をと心がけて、日々努力を重ねている。でも、食べてもらうだけでは、子供達の心に通じないのではないかと考え、
まず開かれた給食室をめざして、行動してみることにした。
給食室というと、同じ学校にありながら、大きな鉄の扉の向こう側といった別枠という感じではないだろうか。調理員の顔も子供達は
「どこかでみたことのある顔」という印象でしかない。しかし、本校に異動して5年、子供達とふれあえる給食室をめざして、学校教育の中で、
私たち調理員も、子供達の成長に関われると実感しながら働いている喜びを1年間を振り返りながら、個々に綴ってみた。
2.給食調理員と学校給食指導との関わり(開かれた給食室)
(1) 子供たちとのふれあい
(イ) 1年の始まりは、入学式である。新1年生が「学校は楽しい所」と感じてくれるよう、
その1つのイベントとして、私たち調理員の登場である。給食室で使う道具と、家庭で使う道具を比べて見せる(おたま、木ジャクシ、
泡立て機など)、「こんなに大きい道具を使うのよ」「給食はおいしいよ」「皆が来るのを待ってたよ」
と入学式の中で歓迎のあいさつに参加し、ここでまず新1年生に給食室の印象付けをする。来賓の方や校長先生のお祝いの話の時は、
モジモジしたり、あちこち向いていた新1年生も、この時は目を輝かせて私達を見つめてくれる。こんな時、学校職員としての幸せを感じ、
また懸命に給食づくりに励まなければと、心新たにする時である。
(ロ) 1学期給食終了後の1日目は、1年生の給食室探検である(生活科)。調理員7名、1クラス7班に分けてもらう。
1名の調理員が3人から4人の子供を連れ給食室を案内する。機械の種類、使い方を説明し、
実際にピューラでジャガ芋を洗いながら皮がむけるところを見せる。「おいも、くるくる回っている」「あっ、白くなってきた」「さあ、
水がはねるから少し離れてご覧、お芋が飛び出してくるよ」「こんなにきれいになった」フードカッターでキャベツを切って見せる。「スゴイ!!」
の一言。「これで、サラダのキャベツやキュウリ、人参の千切り…千切りってわかる?細長く着ることよ」「もっと切って」
などと甘えてみせたりする。「今度は何を見よう」「これこれ」ミキサーである。水を少し入れスイッチを入れる。「わぁっ」と驚きの歓声である。
「お家のと違うでしょう」「これでドレッシングソース、生クリーム、カレールーをといたりするのよ」「わっ、びっくりした」「あれは何だろう」
「知ってる、焼くの」「そー、オーブンだねえ」消毒保管庫や保冷庫の説明をするときは、衛生面(O-157)の話もした。回転釜を触ったり、
大きい水槽を見て、「お風呂みたい、何人入れるかなあ」などとそれは楽しく穏やかである。
子供たちと私たち調理員の心の触れ合いができた時である。給食時間近くなると、なんとなくいい匂いがしてくるけど、どんなところで、
どんな人達が作っているんだろうとまでは子供たちは考えていない。今まで外で会っても知らん顔をしていた子供も「新海さん」
と名前を覚えていてくれる。これが、私たち調理員にとっては、とても嬉しいのである。
この触れ合いをとおして子供たちは食への興味と食べ物への感謝の気持ちが育っているようである。今まで残していた嫌いな物も、
「一生懸命作ってくれているんだ」と、一口でも食べてみようと、努力してくれるようである。O-157以来、
給食室へ子供達を入れることに躊躇したが、相談の結果、子供達との触れ合い、また教育的効果を優先し、探検後の清掃、
消毒にいっそう力を入れることで実施している。
(2)
地場産業の取り組み
(イ) 本校では、市川で収穫できる野菜も、積極的に献立の中に入れいている。数少なくなった、専業農家の方に協力してもらい、ジャガ芋、
長ネギ、キャベツ、筍を収穫時のみ、直接納入してもらっている。それがまた、とてもおいしく一味違うのである。そのネギの発育を、
農家の方に来てもらい、子供達に直接話をしてもらう。「生産者の顔が見える給食」というねらいからである。不揃いの野菜納入もあり、
手間もかかるがこの手間におしみはしない。また、キャベツの収穫時には、給食に使用するキャベツを2年生(担任、栄養士、調理員1名)
が畑に行き収穫させてもらった。給食に使う食材を直接収穫することにより、
農家の方の苦労を知り食べるだけでなく食材への興味も持てたようである。
(ロ)最近の子供達は、食物の原形を知らない。洗ったり、焼いたりすれば食べられると思っている。そこで、
旬の食材を子供達に提供していけるよう、大野の農家の方から筍を直接納入してもらった。そして、筍ご飯の登場である。
前日に米糠で茹でておき、朝一番で下処理する。次に、調理にかかる際、筍の皮をよくむき、前日の切り落とした頭の部分と一緒に、
ビニール袋に入れ、1口メモと一緒に各クラスに配布する。クラスでは、その現物を見せながら担任が説明する。また、6月、7月は、
1年生に給食で使う絹さやのすじとりや、枝豆を枝から取ったり、とうもろこしの皮をむくなど、生活科との関連でお手伝いしてもらう。
作業が終わると「おいしく料理してください。お願いします」と子供達から手渡される。「ご苦労様、おいしく作るよ」と受け取る。
そんな時の子供達の可愛さといったら、私たち調理員にとって何よりの活力である。
(ハ) 市川には海もある。行徳の海苔である。これも地場産業のひとつだそうだ。私も市川に住んで20数年になるが、はじめて知ったことである。
この収穫時が給食週間と重なる。給食週間では、児童の給食集会に私も参加し、子供達の質問などを受ける。「どんなところに気をつけて作るのか?」
「給食の食材で、市川でとれる物は何か?」「仕事はどんなところが大変ですか?」などである。
関連教科として3年生は行徳の漁師の方に来ていただき、昔ながらの海苔すき体験を行う。そして、給食室では海苔の佃煮作りに挑戦である。
海苔は行徳の漁場より直接納入される。配送は市の農水産課の職員がしてくださる。作り方は、(1)紙すきをする容量で少しずつきれいに洗う。
(2)水切りをしておき釜でからいりする。(3)水分がほぼなくなったところへ、合わせ調味料を加え、煮続ける。(4)
なんとなくねっとりとしてくるまで、焦げないよう火加減に注意を払いながら、約1時間煮上げていく。はじめて生海苔を使い調理することで、
一時はどうなることと思ったが、「案ずるより、生むがやすし」の諺のとおり、真剣に挑戦した結果、とても美味しい海苔の佃煮ができあがった。
私たち調理員の満足の一瞬である。そして、食材を実際扱っている私たち調理員も、生海苔がどんなものか、
またどんな調理方法があるのか知ることができた。
地場産業を取り入れた給食は、子供達に地域への関心、食べることへの関心を植えつけることができる。このように、
学校と地域が一体となり子供達を育てていくことはこれからの教育の目指すところである。
(3)調理実習に参加
(イ) 4年生グリーンスクールの豚汁作りのリハーサルである。家庭科室で7つの調理テーブルに分かれて、
調理員が1名ずつ付く。
(1)野菜の切り方、(2)炒めるときの順番、(3)だしのとり方、など、子供達になるべくやらせるように豚汁作りの指導である。
(ロ) 5年生のおやつ作り。白玉作りの指導である。白玉粉をねって、白玉を作り、きな粉、ごまを付ける。
子供達に教えながらこちらも楽しんでしまう。飽食の時代、スナック菓子などに偏りがちなおやつも、
自分の手で作り安心して食べられるおやつ作りには、食生活改善の意味があると思う。
(ハ) 6年生の親子太巻き寿司会食会では、千葉県の郷土料理である太巻き寿司の指導を家庭科室で行う。
太巻き寿司ができあがり切った時の歓声はお聞かせしたいほどである。また、
お母さん達も千葉県の郷土料理といっても巻いたことのある方は少ないようで、寿司にまかれた模様を見て感激していた。
調理実習においては、私たち調理員の腕の見せどころである。担任も調理のプロとして認めてくれており、
各学年の調理実習に関して気軽に声をかけてくれる。一緒に子供達を育てていると実感できるときである。しかし、毎日調理しているとはいえ、
子供達に指導するとなると、とても難しい。どこまで手をだしていいかととまどうことが多かった。
食教育といっても家庭が基本である。この親子太巻き寿司会食は、親も調理に参加することにより、食生活への関心が一層深まる。そして、
調理員と触れ合うことから、学校給食への理解をしていただく良い機会である。
3.その他
(1) 2年生生活科の校内郵便では大変である。給食室の郵便番号は「〒701」でポストが設けられる。
子供達からのたくさんのハガキが配達され、皆で手分けして返事を書く。「こんな美味しいごはんをはじめて食べたよ」等と書いてある。
嬉しい便りばかりである。校長先生には、枚数では負けるが、内容は私たち調理員にとって“天下一品”である。
(2) 6年生の家庭科では、子供達が担任と栄養士の指導のもと、給食の献立を考え、一番学校給食の条件にあった献立をナンバーワン献立として、
その月のメニューに取り入れる。1クラスずつナンバーワン献立になった班の子供達と、私たち調理員の打ち合わせである。子供達は、
調理工程まで考え献立を立てることで、食べるだけの側から作る側の気持ちも理解でき食生活への関心が持てたようである。
いつもは残りの多い魚料理も、6年生が考えた献立とあって、全校が驚くほど良く食べてくれる。
このナンバーワン献立で子供達の発想の豊かなことを知ることができ、その上、百合台小学校のオリジナルメニューもたくさんできる。私たち自身、
毎回、楽しみにしているところである。
まとめ
私自身、定年まで残り数カ月であるが、子供達の成長を見るたびに心も体も健やかに育って欲しいと願わずにいられない。食教育とは、
昔から親の姿を見て学ぶものである。しかし現在の状況を見ると、核家族化や女性の社会進出等でなかなか難しい状況下にある。そんな中、
学校給食の役割は重要であると自負している。
百合台小学校では、教育目標から、毎年、学年別指導目標が出され、栄養士や担任より給食指導への参画が依頼される。
このように依頼されるようになったのも、学校職員全員で子供達を育てていこうという学校の教育指針からである。また、
先生方が私たちを盛り立ててくれたからと実感する。そこで、私たち調理員は、自ら積極的に計画に参加していく姿勢を作り、
給食室ではそんな雰囲気を作り出していく努力を惜しまないようにしなければならないと、この5年間の活動を通じて痛切に感じている。これからも、
できるだけ子供達に触れ合い、食生活の大切さおよび食べることや調理することの楽しさを伝えていきたいと考える。
このように、直接子供達と触れ合うことができるのは、現在の直営の給食体制だけらこそできるのである。
安全でおいしい給食を作るのはあたりまえである。まだ学校職員である若い給食従事者には、
学校給食の調理員として積極的に学校行事や給食指導の参加を続けていただきたいと願っている。
(2000.2)
[ 00/12/31 栄養職員・調理員 ]